1960 ~ 1964

1960年(昭和35年)

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三愛オリジナル水着の製作がこの年スタート。 この頃の状況をよく知る、日本ストレッチ株式会社代表取締役会長・皆木憲二氏は、『この当時の水着の素材は、メリヤス、アセテートを経て綿を使っていた』と語る。『綿製の水着は、プールの塩素で、黒から茶色に変色するクレームがあった。そういう経緯を経て、ヘランカナイロンを使った水着に変わっていった』・・・ヘランカナイロンとは、Heberlein社が開発したヘランカ加工(ナイロンやポリエステルのフィラメントに強撚加工を施すことにより、永久的な伸縮性を与える加工技術)の技術を用い、呉羽紡績(現在の東洋紡)が生産していた加工糸で、当時ナイロン加工糸の分野で最高級品として評価されていた。過渡期の素材で現在は生産されていないが、スクール水着の素材がもっとも、これに近い。

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1961年(昭和36年)

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プチドットやチェックなど、微細な柄の水着がこの年のトレンド。ディスプレイにも使われている、麦わら帽子やビーチボール、浮輪がこの時代の夏を代表する定番グッズ。

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1962年(昭和37年)

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この年の水着のテーマは、「ポリネシアン・ルック」。あざやかなハイビスカス柄のデザインが打ち出されている。リゾートファッションでは、ハワイ女性の正装・ムームーがブームに。この年、水着の形は、ワンピースとセパレーツで大きく二分した。背中を大きく刳ったローバックタイプのワンピース。そして太いストラップのトップスとウエストまでのショーツを組み合わせた「ネーブルカット」のセパレーツ型。ビキニでは抵抗があるという方に支持され、セパレーツの需要が大幅に増加した。

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1963年(昭和38年)

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水着は引き続き、無地・ドット・チェックなどのシンプルな柄が主流。水着に合わせたブルトンハットとの組み合わせは、「バカンス・ルック」と呼ばれた。上の写真は京都藤井大丸、下の写真は、大阪そごうにある三愛おしゃれコーナーの店頭を撮影したもの。

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1964年(昭和39年)

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上の写真は、仙台・丸光デパートにオープンした三愛水着コーナー。この年の水着のテーマは、「シーサイド・ルック・コレクション」。1959年米国デュポン社で開発された、ポリウレタン弾性繊維「ライクラ®」は、他の繊維と交編・交織され、従来に無い優れた伸縮性を持つストレッチ素材を生み出した。日本では、1964(昭和39)年、東洋プロダクツ(現在の東レ・オペロンテックス)により生産販売が開始され、水着の素材としても取り入れられ、以降の水着のデザインを大きく変えていくことになる。 (『戦後の紡績企業の合成繊維への進出と技術選択』平野恭平著)

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